1 臨界へ 平井紀子は授業を終え、教室を出ると、フウとため息えをつきそうになった。今退出した教室から、職員室まで少し距離があるのである。だけど、そんなことでため息をつくわけにはいかない。まだまだ若い。二十三歳。新任教師である。 一ヶ月も過ぎれば、生徒たちの方から、先生に慣れてしまう。どんな先生で、どんな授業を行うのか、検討がついてしまう。質問をし、挙手を求めるかどうか。日付で指すかどうか。板書を多くするか。プリントは配るか。おもしろい先生。おもしろく思われたい先生。つまらない先生。無愛想でいる先生。 平井は時々、それを考える。自分はどんな教師なのだろう。だけど、これといって何も思い浮かばない。それで別に構わない。生徒たちが教師である自分に何も求めてないように思える。 忙しいと言う先生たちを見かけても、本当かなと思う。何かを求められて、それに応えなければならないことが多ければ、忙しいと思うのだろうが、それを、平井は感じない。生徒たちが、教師に何も期待していないのだから無理に親身になって相談など乗ることはない。生徒はほんとに困っていたら、教師などに相談などしない。現に私が女子高生であった頃、そうであったし、周りのコたちもそうだったと平井は思い出す。 生徒が適当に「生徒」をしているから、それに自分も合わせているわけではない。そうは思わない。いつからか、いつの間にかの世間のそういった風潮に流されいるだけのように思える。 だから、淡々とカリキュラム通りの授業をしているだけの平井である。例えば、客観的に面倒なことはなにかと探してみて、お昼休みなどに他の先生にお茶を配ることなどは、それに当てはめられることはできるのではないかと思えなくもないが、平井にはそれくらいなんとも思わない。笑顔をみせて配ることは苦痛ではない。新任の務めであろうと思う。 課外で平井は生徒会の副顧問を担当している。副である。ベテランの先生が仕切ってくれているので、ほとんど見ているだけである。それを楽でよかったとも、退屈なことだとも考えない。充実を求めていないのである。その部分はこの半年、教師をしている間に生徒から教えられた気がする。無理して、慌てふためいて、色々背負い込むことなんかないんだよ。そういい聞かす。が。 だけど。ちがう。だけど。ちがう。だけど、それでいいの?ちがう。ちがう。ちがうよ。そんな自問自答が帰りの車の中で何度かあったことは否めない。 そんな十月。 初めのそれは、職員会議であった。 発言することはない。いつも聞いているだけである。そんな会議でそれを聞いた。 それから暫らくして、校長室に呼ばれた。校長先生と教頭先生もいた。教頭先生は女性である。 「では、次期からは生徒会の顧問をお願いします」 と告げられた。 長く顧問を務めた先生が事情により、この学校を去るのである。それで、平井が一人で任されることになったのである。元々はそれが当たり前なのである。了解をすることだけの選択肢しかない平井にはそれを受けた。 校長室を退出した平井は、早速生徒会室へ向かった。早足である。 生徒会室はテーブルとコンピューターが一台置かれているくらいで、無色な室内である。平井は隣の物置として使われている部屋から机を運んできて、黒板の横に置いた。汚れていたので、雑巾できれいに拭いた。ここに花を飾るのである。 平井紀子はそう決めた。 |