3 ふたり


 ピアノの奏でるノクターンの中、竹清慶治は、瞑っていた目を開いた。
 寝ていたのではなくて、少し思いに耽っていた。
 立ち上がって、さっきまで降っていたはずの雨を確かめるために窓に歩いた。雨はまだ少し降っていた。
 その動きを、高橋みゆきはピアノを弾きながらも目で追った。そして、そこに佇む竹清を改めて、確かめた。
 やっぱり、美しかった。
 大丈夫。
 みゆきの、ピアノを弾きながら思い浮かんだ、なんとない不安を打ち消してくれた。
 二人は、今日、生徒会顧問の平井紀子に立候補を告げたのである。それがいつもとちがう二人にしているのである。が、そんな緊張を楽しむ余裕も持ち合わせた二人だからこそうまくいっているのである。
 竹清は振り向いて、みゆきを見た。
 みゆきもその竹清を見返す。ピアノの演奏は続けている。
 二人の中での自然な間のあと、竹清はみゆきのピアノに近づいた。
「なんだろう、モデルのバイトの時は緊張しなかったけどなぁ」
「モデルは天職なんでしょう?」
「ああ」
 竹清は後ろに回り、みゆきを抱きしめた。
 ピアノは止まった。竹清はみゆきに廻した腕の力を強くした。みゆきはそれに応えるように竹清の手を握った。
 竹清は自分の居るべき場所を、自分で探すことはなかった。
 モデルのバイトもみゆきが持ってきた話である。やってみたらとても愉しくて、自分にはこういうのが向いてるんだなぁなんて思ったりした。
「生徒会長に立候補してみない?」とみゆきに言われて、最初はそんなの自分の柄じャないと思ったが、でも、みゆきに言うとおりにしてうまく言っているのだからと決心してみたのである。
 みゆきが居なかったら何もできないのではない。何もする必要はないのである。
 竹清はそれだけの容姿を持っていた。モデルをしているという肩書きなどなくても、周りは彼を無視などできないのである。その美形がそこにいるだけで女のコたちの視線は集まってしまうのである。だから、生徒会長に立候補などしなくても、クラスや学校の生徒たちは彼を生徒会長以上の存在で見ているのである。
 だけど、そのことをしっかりと竹清が認識できているというわけではないのである。なぜなら竹清は竹清でしかなく、幼い頃からその容姿でチヤホヤされては来たのだが、それが当たり前なので、普通なことでしかないのである。周りが思っているほど彼は自分を評価はしていないのである。
 もちろん人並み以上だとは思ってはいる。いつの間にか気づいていたというところである。恋を意識した頃から、クラスの女のコたちが自分のすることに注目していることになんとなく気づいていたし、ふと考えてみれば、なにかに付けて話し掛けられるなぁとも思ったりした。高校に入り、電車通学になれば、乗り合わせた女子高生のグループがチラ見しながら、ひそひそ話しているのにも気づいてはいた。混んでいる時、接近したコは頬を赤く染めたりもしていた。けど、いつもそういう時、気づいてない振りをした。本能がそうさせていた。それでうまくいって来たのである。
 そんな竹清にうまくみゆきは入ってきてくれた。
 二年生になって、クラスが一緒になったのは偶然でしかないのだが、でも、みゆきには言葉もいつもより自然に湧いて出た。みゆきもそれに自然に応えられた。それで二人は付き合いだしたのである。
 そんな二人が立候補したことで、学校の雰囲気が華やかになるのは、ほんのすぐだった。