４、少し前 　上がるエレベーターの中では、河本秀人と澤井謙輔は黙っていた。河本は、階数を表示した数字が変わっていくのを見ていた。見るものがそれくらいともいえる。澤井は毎日利用しているエレベーターでしかないのだから、俯いて着くのを待った。もちろん、いつもと変わりなくすぐに着いた。 　ドアが開くと、澤井は河本に「どうぞ」という感じで、手で先に下りることを促した。河本はそれに従って降りた。ちょっと笑み。澤井も続いて降りた。まもなくエレベーターのドアは閉まった。 　二人は高校一年生である。真倫高校でクラスメイトなのである。今日で中間試験が終わったので、気分は晴れている。そんなこともあって、帰り道、澤井は河本にほんとになんとなく「ウチ寄ってかないか？」と誘ったのである。河本もなんの考えもせず、すぐに「ウン」と返したのである。 　澤井は河本の凄さを知っている。 　五月に行われた第一回目の中間試験。張り出されたその順位表のトップは河本だったのである。ファーストインパクトである。すでに親しくはしていた。四月から授業が始まって、体育は色々測定をするのであるが、そこで河本の兆しを見せられ、体力には自信のある澤井だから、それがきっかけで話すようになったのではあるが、それでも確かに勉強もできそうだが、まさか、試験で学年で一位をとるようなヤツだとは思わなかった。 　普段から、河本は無口で、澤井の軽口に微笑みはするが、あまり感情を表にだすようなことはなかった。そんなとこも澤井は気に入っていて、さらに一学期の期末試験では四位に後退してしまった河本が、そんなときは「一位がまぐれってバレた？」と笑っていうのも良かった。一位をとるような人間は常に一位でなければ気がすまないのだろう？という澤井の認識を飄々としている河本は変えさせたのである。とはいっても、一人のときは結構くやしがってんだろうなぁなどと想像もした。河本のクールなだけでない、言ってみたら付け入るスキのようなものがが、そんなことを想像させてくれたりするのだろうと思うが、それは河本の長所だと澤井は感じる。身長は澤井が十センチ以上も高いが器は同じくらいだな？など澤井は一人笑ってみたりもする。とにかく、河本という友人ができたのが嬉しかった。 　そして、二学期の中間テストが今日終わった。 　澤井がカギと取り出しドアを開けた。 「妹いるけど、気にしなくていいから」 「ウン」 　さらに入ってすぐ玄関で、「あれ、この靴？」と澤井は言った。河本にしたらどう反応していいか迷うところである。 　リビングのテーブルで妹のユウコが昼食を取っていた。 「お帰り、テツ君来てるよ」 「ああ、テツの靴か、あれ」 　澤井は答える。 「ＣＤ持ってきたぜ」 そのテツ君は先にあるソファーにいた。そんな会話が終わった頃、河本はずんずん進んだ澤井の背中に追いついたトコくらいであった。 　澤井とテツ君という人は澤井の部屋に行ってしまい、変わって河本がソファーに座った。いきなり驚かされた。そこにはツチノコのぬいぐるみがあって、それがいきなり河本のソファーに置いた右手に噛み付いた。痛くはなかった。驚いたのである。「センサー？」それが河本の頭に浮かんだ。テーブルにいる妹さんに聞こうかと考えたが。けど、テレビに集中しているようなのでためらった。中学生？中学生も試験？などと話題はあるが河本を意識して意識していないように振舞うユウコに何も声は掛けられなかった。つちのこのぬいぐるみにも飽きると、河本はソファーの前のテーブルにマンガのコミックスがあるのを見つけ、それを読み出した。読んだことのない知らないマンガであったが、面白かった。その間もつちのこは河本の右手を噛んでは放し、噛んでは放しを繰り返している。 　澤井の部屋からは声だけ聞こえる。 「この皮パンいい感じだろう？グズのだぜ」 　そんな声もいつか、マンガに集中しだした河本には聞こえなくなっていた。 　その内、妹は食事を終え、後片付けをし、自分の部屋に消えた。少しすると身支度を終え、また姿をあらわし、澤井の部屋に何か言い外出して行った。 　テツ君も用が済んだらしく、その後、帰った。 　澤井と河本だけになった。 「河本、腹空かねぇか？」 「あ、うん。イヤ、うん」 「お茶漬けでも食う？」 「あ、うん。いただきます。ありがとう」 　澤井はお茶漬けの用意をしだした。 「今来てたの中学の同級生なんだ」 「へぇ」 「バンド仲間だったんだ」 「そっか」 　もちろん、澤井の過去形の言い方が河本は気にはなったが、言葉を続けなかった。 　お茶漬けを澤井が二人前持ってソファーの前に来た。 「河本はどんな音楽聞くの？」 「うーん。なんでも聞くよ」 　澤井はその河本の返答に少し笑う。 「そっか、じゃあロックとか聞く？」。 「聞かないことはないよ」 　二人は、お茶漬けを食べだしている。 　澤井はテツが返しに持ってきたＣＤを見て、 「これ貸すよ、聞いてみ、ギターがいいんだ。ギターが」 「オレにわかるかな？」 　二人はお茶漬けを食べ終えると、澤井の部屋で音楽を聴いた。澤井がギター弾いたりもした。河本は夕方ころにはすっかりはまっていた。ギターを弾いてみたくもなっていた。澤井はそんな河本に音楽雑誌やＣＤを貸した。 　ほんとは、このまま河本は、音楽に、ギターにと情熱を燃やす高校生活を送るはずだったのである。 　けれど、あの人と出逢ってしまったのである。 　それはもう、すぐのことである。