5、その日 十一月も中旬になっていた。二学期に行われる体育祭や文化祭という大きな行事も十月までに終わり、生徒たちは平静を取り戻していた。皆、落ち着いていた。風の冷たさもまだ心地よいと、いえなくもない。むしろ、その風が生徒各々にマフラーを巻くことを楽しい気分でさせてくれるのである。もう少しで冷たいだけになってしまう風。でも、まだ穏やか。そんな冬の間近である。 従って、その日も穏やかであった。 その日、河本と澤井は最初から昼食は学食でと決めていた。普段、混むのは知っている。そんなところは一年生である二人は利用を敬遠のが普通である。ただ、今日は、三年生がテーブルマナーの研修で学内にいないことも知っていたし、だったら、二人は挑戦という言葉を用い、利用してみるのも悪くないという事になったのである。 学食は、生徒が使う昇降口を上がったところからすぐにある。昇降口を上がる階段は二つ逢って、一、二年は左を利用し、三年生は右を使う。その右の階段を上がって少しいった先に学食はある。そこで、パンなども売っている。座席数は二百くらいはあるのだが、それでもやっぱり、昼休みは混んでしまう。 河本と澤井は4限が終わったら当然急いで来た。混雑はしているが、三年生がいない分、なんとか座れそうではある。 二人は少し並んで食券を買った。河本は山菜うどん、澤井はワカメうどんであった。実はこの後の五限は体育で、十ニ月のマラソン大会に向けて学校の周りを走らされるので、うどんくらいが丁度良いのである。 「じゃあ、オレ席取っとく」 澤井は無事に食券を厨房のおばさんに渡すと席が空いているか気になって行ってしまった。それだから、河本はうどん二つがトレイに乗るかを考えることになる。まぁ、充分その余裕はありそうなのでほっとしたりした。しかし、うどんが出来上がり二つ乗せられたのだが、今度は澤井を探すのが一苦労でありそうだった。澤井は長身なので、それらしい人を見ていくことになる。混んでいるのだから、持っているうどんを気にし、歩いている生徒との距離を気にし、それで澤井を探すのは中々容易ではないと河本は思った。反面、客観的にそんなことをしている自分が面白くもあった。 河本から見ると、後ろ向きに座っている生徒がいた。あそこかぁと河本はそこに向かう。 河本はその後姿で澤井であると決めていた。歩く生徒を避けながらということもあった。だから、ちゃんと確かめもせずに近づいた。だって、澤井と同じくらいの長身だったのである。座るその生徒のほんのすぐまで近づいた。なんとない河本の気配でその生徒が振り向いた。その振り向く動きが河本に澤井でないことを想像させたが、遅かった。 「アッ」 河本は思わず声が出た。 その相手は竹清であった。 河本は、竹清から目を背ける事ができなかった。うどんの乗ったトレイを落とさなかった自分を凄いと後で振り返った。それくらい、竹清に集中してしまった。 「なに?」 竹清が聞くのは当然である。そのくらい河本は竹清を見つめてしまった。 「あ、スイマセン。ア、アノ間違えました。スイマセン」 相手が誰であろうと簡単に初対面の人に声を発する河本でないはずなのに、二度もスイマセンと言ッてしまうほど竹清に動揺していた。 「…そうか」 竹清は納得した形を取った。 河本は、トレイを気にしながらもやや丁寧すぎるお辞儀をし、その場を去った。 河本が立ち去ってすぐ、みゆきが竹清の所に来た。サンドイッチなどを買いに行っていたのである。 「今の一年生のコ、知り合いなの?」 「いや、知らない」 「…そう」 河本もまだ、この人が生徒会長に立候補した人だとは知らない。けれど、この日、河本は竹清という人を知った。 生徒会総選挙は十二月に行われる。 だからまだ、立候補者も揃っていない状態ではある。 |