6 平井のお仕事


 十二月のホントに初めのお昼休み、平井は放送室にいた。
 生徒会役員希望者受付が今日までだということを改めて生徒たちに知らせたのである。放送室のマイクに向かって話すのは、生徒会関連の事で何度か行っているので、もう慣れている。今日も満足がいく物言いができたので担当でとなりにいる放送委員の女子生徒二人に軽く微笑んで放送室をでた。
 生徒会の顧問として平井はそれなりに張り切っているのである。
 教師としてのアイデンティティなどもちろんないまま、四月いきなりの実戦。当然未熟である。生徒を指名し、朗読させる。その最中、並ぶ生徒たちの机の間を歩いている自分は滑稽でしかなかった。「あ、私、先生してる」そう頭をよぎるのである。こんな事をいつの日か思わなくなるのだろうとは思うが、それはきっと成熟したこととは違うと考える。何よりも、そんなどっぷりといつまでも教師を続けているのかなどは行方知れない。先も明日もぼんやりしている。ただ毎日淡々とこなすだけ。彼氏に愚痴さえこぼさない。
 このままでは自分を嫌いになりそうだった。それは悲しいことである。たまには違う自分と向き合いたくなった。変化がほしい。そう思っていたら、生徒会顧問の話がきた。これをいいきっかけにしたい。そうではなく、いいきっかけにするのである。その決意のような物が生徒会室のスミに飾ってある花だとはまだ誰も知らない。
 だから、その通りにと平井は生徒会がキチンと運営されるように新生徒会役員の希望者集めに頑張っているのである。
 幸い、生徒会長には三人も立候補してくれた。これで選挙が行われることは決定である。それは校内にも活気が出るからいいはずなのである。これから、きっと平井はさらに忙しくなるだろうと思うが、それを受けてたとうと思ってもいるのである。
 その放課後、平井は職員室の自分の机に座っていた。少なくとも十七時まではきっちりここにいるべきだと思う。生徒会の希望者が平井を捜しに来るはずだからである。平井はついさっきの授業中に行った漢字のミニテストのチェックなどをして時間を潰していた。頭の中には新生徒会のメンバーが浮かんでくる。会長に立候補した中で当選しそうなのはあの美形のコじゃないかななど思い巡らすのである。それは密かに愉しい事である。
 そんな時であった。
「平井先生」
 そう、自分が呼ばれたので顔を上げた。平井の隣に一人の生徒が立っていた。平井はながれでその生徒の顔を見たので、目が合った。
 ドキン。
 平井は動揺した。一瞬理由が分からなかった。だから、すぐ手元に視線を戻した。美形の生徒の事など考えてたまま、いきなり強烈な眼差しを向けられたからかもしれない。
「副会長に立候補したいのです」
 そう、その生徒が言うので顔を再び上げた。今度はもうその生徒が平井の目をを見ていることはなかった。さっきの視線はその生徒にしたら初対面なのだからの確認作業であったといえる。
「あ、役員希望者ね。じゃあこの用紙に…」
 平井は、引き出しから用紙を机に出して、ペンも置き、自分の座るイスを引いた。その生徒に書くことを行うスペースを与えたのである。生徒がそれに従う。
 平井はその間に落ち着こうとした。
 その生徒はチラリと平井を一瞥し、書き終えたという合図を平井の方に送った。平井もそれを察知できる。
「明後日の放課後生徒会室に来てください。その日に希望者の人たちに詳しいお話をしますので」
 その生徒は頷いた。そして、平井の言葉がそれ以上ない雰囲気なので退出するのである。
 平井はその生徒の背中を見る。ほんの短いやり取りであったが、その生徒から何か強い意志のようなものを感じる。そう、目があったのに平井を見てはいなかったのでる。それがショックなのかもしれないと平井はようやく認識できた。
 その生徒が書いた用紙には名前が書いてある。
 『一年α組河本秀人』
 十七時を知らせる音楽は、もうすぐ流れる。